殻に閉じこもっていた私に、キャンパスが人との繋がりと自信を与えてくれた
- #LGBTQ
2023.04.06
「性同一性障害」という悩みを抱えながらも学究に励み、2022年3月に電気情報工学科を卒業。この春から社会人生活をスタートする本多さんが、「同じくセクシャリティに悩む人たちへのエールになれば」とインタビューに応じてくださいました。(2023年3月インタビュー)
卒業生
本多 さん
2018年4月 理工学部入学
2022年3月 理工学部電気情報工学科卒業
性別違和に苦しみ、人を避け続けた思春期
物心ついたときから自分は女の子だという自覚がありました。小学校に入ってからは髪型や服装こそ男児のものでしたが、無理に男の子らしくふるまうでもなく、遊ぶのはいつも女の子たちと。数字や工作が大好きで、暇さえあれば本を読んでいるマイペースな子供だったと思います。当時はもちろん「性同一性障害」などという言葉さえ知りませんでした。 違和感が本格化したのは、第二次性徴期を迎えてからです。意識とは違う方向にどんどん変化していく自分の体が嫌でたまらなくて、ふさぎ込む日が増え、次第に人を避けるようになっていきました。中学や高校時代は部活の剣道と勉強にひたすら没頭しましたね。その時だけは辛いことを考えずにすんだからです。
多様性を受け入れるキャンパスが、心を前向きにしてくれた
慶應大学に入ったのは、就職に強そうだったから(笑)。数学が好きだったので、理工学部を選びました。周りに気をつかわず少しでも自分らしく過ごしたいと思い、入学と同時に一人暮らしも始めました。室内楽のサークルに入って、ヴィオラを担当。昔から一度弦楽器をやってみたかったんです。 セクシュアリティを隠したまま男子学生として入学しましたが、多様性を自然に受け入れるような雰囲気がキャンパスにはあって、少しずつ人と向き合えるようになり、女性らしく振る舞うことも増えていきました。ただそれでも、性同一性障害であることを公表する勇気まではもてず、ごく親しい友人たちに伝えるのが精一杯でした。学内に「LGBT塾生会」などのコミュニティがあるそうですが、当時はその存在すら知りませんでした。知っていればもっと積極的に発信できたかもしれません。 トイレは多目的用を使いました。当時はまだ数が少なくて移動が大変でしたけど、今はかなり増えたと聞いています。苦痛だったのは健康診断ですね。他の男子学生たちがいる中で服を脱ぐのはとても嫌でした。それも今は、個別に対応してもらえるようになったそうです※。 もちろん学問にはめいっぱい打ち込みました。中高時代のような逃避意識がなかったわけではありませんが、それよりも学ぶことそのものが楽しかったんです。日吉キャンパスのころから研究所のある矢上にまで足を運んで、専門書を読みあさる毎日を過ごしました。3年になってからは「超短パルスレーザーによる柔軟性有機材料の微細加工」などの研究に没頭しました。
※学内の健康診断の受診に際し、特別な配慮を必要とする方は、事前に保健管理センターまで相談することができます。
意を決したカミングアウトが、勇気と自信をもたらす
順調に思えたキャンパスライフですが、セクシュアリティを隠し続けることのストレスは限界を超えていたようです。4年生になって心の調子を崩してしまい、研究室やサークルにも通えなくなりました。卒業こそできましたが、このままでは同じことを繰り返すだけだと、ある日カミングアウトすることを決意しました。両親に対しても初めての告白でしたが、「わかっていたよ」と。そして「これまで頑張らせすぎちゃったね。これからはマイペースでやっていけばいいから」と言われ、長く凍りついていたものが溶け出すような喜びを感じました。サークルの仲間たちもあっさり受け入れてくれて、「何で今まで黙ってたの?」と言わんばかりの反応。自分ひとり頑なに閉じこもっていたことに初めて気づかされました。 周囲の温かい励ましに勇気をもらって、就職活動も始めました。大学のキャリアセンターの方たちは「これまで頑張ってきたことを堂々と話せばいい。きっと大丈夫」とセクシュアリティを公表することを後押ししてくれました。すべてのエントリーシートに性同一性障害であることを記載したところ、予想以上に多くの企業から面接の知らせが届きました。面接でセクシュアリティについて聞かれたことはありません。あくまでも人物や能力を観る普通のものだったと思います。 大手電機メーカーに内定し、この春から地元群馬の製作所に勤務することが決まりました。両親もとても喜んでくれました。実はこの一年心身のリハビリを兼ねて、自然言語モデルを使った言語処理のプログラミングを独学で研究していて、選考でもその成果を発表したんですが、それが評価されたんじゃないかと思っています。逃避ではなく、目標をもって学ぶことの大切さ、楽しさを今は噛み締めています。新たな社会人生活にワクワクする思いです。
このインタビューが、誰かの一歩につながれば
在学中に告白できなかったのは残念ですが、キャンパスでの4年間は殻に閉じこもっていた私に様々な人との繋がりをもたらしてくれました。そして卒業後は前に踏み出す勇気と自信を与えてくれました。LGBTQという言葉にも表されるように様々なセクシュアリティがあって、学内には今もなお悩みを抱える人が何人もいると思います。でも努力や成果を正当に認めてくれる人々や組織も必ずあって、臆せずそこに挑戦していくことが大切なのだと、今あらためて思います。私のこのインタビューが、誰かの一歩につながればとても嬉しいです。
(Photo by KIYOSHIRO OKADA)