慶應義塾大学 理工学部
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世界中から人材が集うキャンパスは、 研究に没頭できる最高の環境

2023.05.08

日本の高度技術を学ぶべくマレーシア政府の奨学金プログラムにより留学し、2022年6月から応用化学科にて特任研究員を務めるアイマンさん。文化や慣習の違いを乗り越えて研究者としての道を歩み続けてきた、これまでの道のりと本学での日々についてお聞きしました。(2023年4月インタビュー)

応用化学科 特任研究員
モハマド ノル ムハンマド アイマン(Muhammad Aiman bin Mohd Nor)さん
マレーシア・スランゴール州生まれ。2013年に来日し、東京理科大学理工学部にて学士、芝浦工業大学大学院理工研究科にて修士・博士を取得。2022年6月より、本学部応用化学科環境化学研究室の特任研究員。

夢で見た日の出の景色に導かれ、日本への留学を決意

― 日本に留学された動機は何ですか?

子供の頃から日本のアニメをよく観ていたんですよ。NARUTOやONE PIECE、BLEACHなんか(笑)。でも、最初から海外留学をめざしていたわけではなくて、たまたま高校卒業前に受けた試験の結果が良くて、カナダもしくは日本への留学で奨学金がもらえることになったのがきっかけです。それで、英語が使えるカナダかアニメで好きになった日本かを迷っていたら、ある日夢の中に鮮やかな日の出が現れたんです。私はこれをイスラムの創造主からのサインととらえ、日本への留学を決めました。

― 言葉の不安などはありませんでしたか?

留学前にツイニングプログラムとして3年間マレーシアの大学に通う中で日本語を学んだので、あまり心配はしていませんでした。東京理科大学の理工学部機械工学科に入って、2年間流体力学などを中心に学びましたが、やはり日本語での勉強は予想以上に大変でした。それでも、マレーシアの大学でともに過ごした2人が一緒だったのと、日本の友人もたくさんできたのでとても楽しく過ごせたと思います。一方で、食事にはすごく苦労しました。私たちイスラム教徒は「ハラルフード」と呼ばれる、イスラムの戒律に従って処理されたものしか食べられません。なので学食を使うこともできず、いつも自宅に戻って昼食をとっていました。自炊用の食材でも成分を細かくチェックする必要があって、買い物をするのも一苦労でしたね。

帰国の準備をしていたときに届いた、1通の求人メール

― その後、芝浦工業大学で修士、博士を取得されてから本学に。

はい。当初進学は考えていませんでしたが、芝浦工大で奨学金をもらうことができたのでもう少し勉強してみようと。修士過程では機械工学を、博士では地域環境システムを専攻しました。その後ポスドクでの2年を過ごして、いよいよ帰国の準備を進めていたときに、研究発表でよく参加していた日本エアロゾル学会を通じて奥田知明教授から求人メールを受け取ったんです。お名前は知っていましたが特に面識もないですし、私は工学系でそこは化学系の研究室。あまり期待せずに応募したのですが、面接を受けることになって、何とその場で採用が決まってしまいました(笑)。私を受け入れてくださった奥田教授にはとても感謝しています。

― そして昨年の6月から特任研究員として入職されました。

当初は分野の違う研究室でやっていけるのか不安でしたが、奥田先生をはじめ研究室の方たちが優しくバックアップしてくれたので、すぐに順応できました。夏には伊豆で合宿をしてバーベキューを楽しみましたし、今はコロナ禍も収まってほぼ毎日矢上キャンパスに来ています。つねに新しい発見があって、研究のやり方にも良い影響を受けています。ずっと同じ分野にいては得られないものだと思います。

― 本学での研究環境はいかがですか?

素晴らしいですね。研究室には私以外にも様々なバックグラウンドの人がいて、とても幅広い領域で研究できる環境だと感じます。それに、国内外から多くの研究者が訪ねて来られるので、すごく刺激的でもある。ここの学生たちの優秀さには日々驚かされていますよ。

シャワールームが備わった専用礼拝室に、感動

― 文化の違いなどで苦労されることは?

教員や学生のダイバーシティに対する意識が高いためか、国籍や宗教で嫌な想いをしたことは全くありません。むしろ驚いたのは、キャンパスに専用の礼拝室があって、しかもシャワールームが設けられていたことです。イスラムでは祈りを始める前にウドゥ(Wudu)と呼ばれる体の一部を水で清める過程があるのですが、日本にはその施設がほとんどなくてトイレを使うなどいつも苦労していたので、これはすごく助かっています。大学の配慮に心から感謝しています。一つ希望を言うなら、学食や生協でハラルフードを取り扱ってもらいたいなと思いますね。

― 最後に、今後の目標をお聞かせください。

早いもので、日本に来て10年が経ちました。最初は日本語の授業が全然わからなかったのに、今ではこんなインタビューを受けられるまでになった(笑)。たくさんの友人や知り合い、研究者とのつながりもできました。実は先日2年半ぶりにマレーシアに帰って、家族と楽しい時間を過ごすことができたんです。そのときにあらためて、母国の研究開発や教育に貢献したいという思いが高まりました。帰国が何年先になるかわかりませんが、これからも精一杯研究に取り組んで、たくさんの知識や経験、人とのネットワークを持ち帰りたいと思います。

(Photo by KIYOSHIRO OKADA)